東京地方裁判所 平成2年(ワ)7487号 判決 1993年9月14日
第一事件原告
高橋光雄
第二事件被告
有限会社重光製作所
右代表者代表取締役
高橋光雄
右両名訴訟代理人弁護士
太田真人
第一事件被告・第二事件原告
高橋準一
右訴訟代理人弁護士
糸賀了
同
岩本信行
主文
一 第一事件原告高橋光雄の請求及び第二事件原告高橋準一の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、これを四分し、その一を第一事件原告高橋光雄の負担とし、その一を第二事件被告有限会社重光製作所の負担とし、その余を第一事件被告・第二事件原告高橋準一の負担とする。
事実及び理由
第一請求(なお、以下第一事件原告高橋光雄を「原告光雄」と、第二事件被告有限会社重光製作所を「被告製作所」と、第一事件被告・第二事件原告高橋準一を「被告準一」と、それぞれ略称する。)
一第一事件
被告準一は、原告光雄に対し、別紙建物目録(一)ないし(三)記載の建物(以下、別紙建物目録(一)の建物を「本件建物(一)」といい、同目録(二)及び(三)の建物も同様に表記する。なお、複数を呼称する場合には、「本件建物(一)及び(二)」「本件建物(一)ないし(三)」などという。)を収去して別紙土地目録(一)記載の土地(以下「本件土地(一)」といい、他の土地も同様に表記する。)を明渡せ。
二第二事件
被告製作所は、被告準一に対し、別紙建物目録(四)記載の建物(以下「本件工場」という。)を収去して本件土地(二)を明渡せ。
第二事案の概要
原告光雄と被告準一は兄弟であり、被告製作所は原告光雄が代表者として経営している会社であるが、第一事件においては、原告光雄が被告準一に対し、本件土地(一)の所有権に基づき、同土地上に存する被告準一所有の本件建物(一)ないし(三)を収去して右土地の明渡を、第二事件においては、被告準一が被告製作所に対し、本件土地(二)の所有権に基づき、同土地上に存する被告製作所所有の本件工場を収去して右土地の明渡を、各求めるものであり、各被告はいずれも占有権原として使用貸借の成立を主張し、各原告はいずれもこれを争うとともにその終了を主張するものである。
(第一事件)
一争いのない事実等(証拠により認定した事実は末尾に当該証拠を摘示する。)
1 原告光雄は、本件土地(一)を所有している。
2 被告準一は、本件土地(一)上に本件建物(一)ないし(三)の各建物を所有し、かつ本件土地(一)の一部である別紙図面(一)のA部分の敷地(以下「A部分の敷地」という。)を訴外金輪某(以下「金輪」という。)に賃貸して、本件土地(一)を占有している(なお、被告準一が主張している占有土地の範囲は、別紙図面(一)の赤線で囲まれた部分である。)。
3 原告光雄は、その父訴外亡高橋重雄(以下「重雄」という。)に対して、A部分の敷地及び重雄所有の本件建物(二)及び(三)の敷地に相当する別紙図面(一)のB部分の敷地(以下「B部分の敷地」という。)をそれぞれ無償で貸し付け(以下、A部分の使用貸借契約を「本件使用貸借(一)」といい、B部分の使用貸借契約を「本件使用貸借(二)という。)、また、原告光雄は、重雄及びその妻訴外亡サト(以下「サト」という。)に対し、右両名所有の本件建物(一)の敷地に相当する別紙図面(一)のC部分の敷地(以下「C部分の敷地」という。)を無償で貸し付けた(以下「本件使用貸借(三)」という。なお、本件使用貸借(一)ないし(三)をまとめて「本件各使用貸借契約」と略称することがある。)。
4 重雄の遺言
(一) 重雄は、サト及び被告準一に対して、昭和五〇年八月五日付けの遺言公正証書において、①被告準一に対し、本件建物(一)ないし(三)(本件建物(三)については持分二分の一)並びに本件使用貸借(二)の使用借権及び本件使用貸借(三)の重雄の準共有持分二分の一の使用借権をそれぞれ相続させる、②同遺言書第四条において「遺産中前各条に記載した以外の財産はすべて遺言者の妻高橋サトに相続させる」、との遺言をなした(<書証番号略>)。そして、本件使用貸借(一)の使用借権は右遺言書第一ないし三条には掲記されていない(<書証番号略>)。
(二) 重雄は、昭和五二年一二月九日、死亡した。サトは重雄の妻であり、被告準一は重雄の子供である。
5 サトの遺言
(一) サトは、被告準一に対して、昭和五七年七月二三日付け遺言公正証書において、本件建物(一)の持分二分の一及び本件使用貸借(三)のサトの持分二分の一の使用借権並びにサトの一切の債権を被告準一に相続させる遺言をした(<書証番号略>)。
(二) サトは、昭和五九年一月二二日に死亡した。被告準一はサトの子である。
6 A部分の敷地については、前記のとおり金輪に通常建物所有の目的にて賃貸され、現在右敷地上には金輪明所有の建物が存している(<書証番号略>)。
二争点
本件使用貸借(一)ないし(三)の内容及び右各使用貸借が、原告光雄の主張2(一)ないし(三)記載の事由によりそれぞれ終了したかどうか。
争点に関する当事者双方の主張は、次のとおりである。
(被告準一の主張)
1 本件各使用貸借契約の内容
(一) 本件使用貸借(一)は昭和二二年ころ原告光雄と重雄の間で、重雄が金輪又はその他の者に対して、建物所有目的で賃貸することによって収益をあげ、かつ第三者に対する賃貸借契約が継続する間は、本件使用貸借(一)も期間が継続することとして締結された。
(二) 本件使用貸借(二)は昭和三三年一〇月ころ原告光雄と重雄の間で、本件建物(二)及び(三)の建物所有を目的として、同地上に右建物が存続する限りは存続するものとして締結された。
(三) 本件使用貸借(三)は昭和三五年七月四日原告光雄と重雄及びサトとの間で、本件建物(一)の建物所有を目的として、同地上に右建物が存続する限りは存続するものとして締結された。
2 本件各使用貸借契約の承継
被告準一は、前記第二(第一事件)一の4、5記載のとおり、相続により右各使用貸借契約上の借主の地位を承継した。
(原告光雄の主張)
1 本件各使用貸借契約の内容(期限の定め等)について
(一) 本件使用貸借(一)は、重雄の存命中に限り、A部分の敷地を重雄名義で金輪に通常建物の所有目的で賃貸し、その地代収入を同人及びその扶養家族の生活費に充てるものとし、期限については、昭和二五年三月一日ころから重雄の死亡まで、又は同人の存命中に同人と金輪との間の賃貸借契約が終了するまでとして締結されたものである。なお、右契約は重雄の存命中に右金輪との賃貸借契約が終了しない場合には、その賃貸人たる地位は、相続その他の方法で原告光雄に無償で承継させることを前提とした上で、原告光雄の親孝行の一環として締結されたものである。
(二) 本件使用貸借(二)は、重雄の存命中に限り、かつ同地上の貸家による家賃収入を同人及びその扶養家族の生活費に充てることとする通常建物の所有を目的とし、期限については、昭和三二年秋から重雄の死亡までとして締結されたものである。なお、右契約は、B部分の敷地上のもと重雄所有にかかる本件建物(二)及び(三)を原告光雄に相続させるか、又は贈与することを条件とした上で、原告光雄による親孝行の一環として締結されたものである。
(三) 本件使用貸借(三)は、重雄及びサトの存命中に限り、かつ同地上のアパート収入を同人ら及びその扶養家族の生活費に充てることとする通常建物(アパート)の所有を目的とし、期限については、昭和三五年春から重雄及びサト両名の死亡までの間として締結されたものである。なお、右契約は、C部分の敷地上の本件建物(一)に関する重雄及びサトの各共有持分を原告光雄に相続させるか、又は贈与することを前提とした上で、原告光雄による親孝行の一環として締結されたものである。
2 本件各使用貸借契約の終了
(一) 返還時期の到来(借主たる重雄、サトの死亡)
重雄は昭和五二年一二月九日に、サトは昭和五九年一月二二日にそれぞれ死亡したから、右両名の死亡により、本件各使用貸借契約はそれぞれ終了した。
また、本件使用貸借(一)ないし(三)はいずれも、重雄の存命中又はサトの存命中に限って貸借するものとして締結されたものであるところ、右のとおり両名はいずれも既に死亡しているのであるから、本件使用貸借(一)ないし(三)の各返還時期が到来し、それぞれ終了した。
(二) 使用収益の終了又は使用収益をなすに足るべき期間の経過
仮に、右主張が認められないとしても、本件使用貸借(一)ないし(三)は、左記のとおり、いずれも契約に定められた目的に従った使用収益は終了し、又は使用収益をなすに足るべき期間が経過したというべきであるから、本件使用貸借(一)ないし(三)は終了した。すなわち、
(1) 本件使用貸借(一)ないし(三)は親孝行の一環として締結されたものであり、重雄らとその扶養家族(未成年、就学中、無職、未婚などの理由により重雄又はサトにより扶養されていた者)の生活費を得させる目的であったところ、右扶養家族はいずれも既に独立しており、また、重雄及びサトは既に死亡している。
(2) 本件建物(二)及び(三)は昭和三二年中に完成してから既に三五年が経過し、本件建物(一)は昭和三五年中に完成してから既に三二年が経過した。
(三) 解約申入れによる終了
仮に、右各主張が認められないとしても、本件使用貸借(一)ないし(三)は、期限の定めがなく、使用収益の目的の定めもないものであるから、原告光雄は、被告準一に対して、遅くとも平成元年七月二五日ころ、さらには平成二年六月三〇日送達の本訴状をもって、本件使用貸借(一)ないし(三)をそれぞれ解約する旨の意思表示をなした。よって、本件使用貸借(一)ないし(三)はそれぞれ終了した。
(第二事件)
一争いのない事実等(証拠により認定した事実は末尾に当該証拠を摘示する。)
1 被告準一は、本件土地(二)を所有している。
2 被告製作所は、本件土地(二)上に、本件工場を所有して、本件土地(二)を占有している。
3 被告製作所は、昭和三三年五月二三日に個人事業である高橋製作所が法入化された有限会社である。
4 本件工場は、昭和三二年初めころ建築され、昭和三三年六月被告製作所名義で保存登記された(<書証番号略>、原告光雄本人)。
二争点
1 被告製作所は、本件土地(二)の占有権原として、使用借権を有するか否か。
2 仮に被告製作所が本件土地(二)に対する使用借権を有するとした場合、使用貸借契約が終了したか否か。
争点に関する当事者双方の主張は、次のとおりである。
(原告光雄の主張)
1 本件土地(二)についての使用貸借契約の成立及びその内容について
(一) 重雄は原告光雄に対し、昭和三一年一二月ころ、本件土地(二)について、左記の条件で、無償で貸し付けた。
記
ア 使用目的 原告光雄又はその相続人が個人又は法人として経営し又は代表者たる事業に供する工場又は社屋たる通常建物の所有
イ 期間・期限 昭和三一年一二月から原告光雄又はその相続人が個人又は法人として経営し又は代表者たる事業が存続する期間
(二) 原告光雄は、昭和三三年五月二三日、原告光雄の個人事業である高橋製作所が被告製作所として法人化したことに伴い、被告製作所に対し、本件土地(二)上の使用貸借上の地位を譲渡し、重雄はこれを承諾した。
2 左記(一)及び(二)を前記1の主張と択一的に主張する。
(一) 被告製作所は、重雄から、昭和三二年五月ころ、左記の条件で、本件土地(二)を無償で借り受けた。
記
(1) 使用目的 被告製作所の工場又は社屋たる通常建物の所有
(2) 期間・期限 昭和三二年五月二三日から原告光雄又はその相続人が被告製作所の支配権又は代表権を有する限りにおいて、被告製作所の存続する期間
(二) 被告準一は被告製作所に対し、昭和五七年一〇月一日、東京地方裁判所昭和五五年(ワ)第八一四九号・同五六年(ワ)第八一四九号事件(遺留分減殺請求事件)における準備書面において、本件土地(二)上には被告製作所の使用借権の三割の負担があることを前提にして、被告準一に対する本件土地(二)の遺贈の価額は更地価格の七割である旨主張したのであるから、被告準一は、信義則上、右書面の提示により、同日、被告製作所に対して、本件土地(二)について、左記の条件で無償で貸し付ける旨の意思表示をしたというべきである。
記
(1) 使用目的 被告製作所の工場又は社屋たる通常建物の所有
(2) 期間・期限 昭和五七年一〇月一日から原告光雄又はその相続人が被告製作所の支配権又は代表権を有する限りにおいて、被告製作所の存続する期間
(被告準一の主張)
1 使用貸借契約の存否について
重雄若しくは被告準一と被告製作所との間で、本件土地(二)について使用貸借契約が締結されたことはない。
2 使用貸借契約の終了について
(一) 返還請求による終了
仮に使用貸借契約があるとしても、重雄・被告製作所間の右契約は、返還の時期又は使用及び収益の目的を定めなかったのであり、本訴請求(第二事件)により終了したものである。
(二) 契約目的に従った使用収益の終了又は使用収益に足るべき期間の経過
工場経営により原告光雄の生活に資するという目的については、今では原告光雄の生活も工場がなくとも十分に成り立っており、また工場経営により重雄夫婦を扶養していくという目的についても、昭和三九年以降原告光雄の不履行により終了しているのであって、右契約は、使用貸借の目的に従い使用・収益を終え、又は使用・収益に足るべき期間を経過したものであって、終了している。
第三争点に対する判断
一第一事件について
1 前記第二(第一事件)の一の事実に証拠(<書証番号略>、原告光雄本人、被告準一本人)を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 本件土地(一)は、昭和二一年二月一〇日、重雄が自ら資金を支出して原告光雄名義で払下げを受けたものである。重雄は、原告光雄が長男であり、跡取りであること及び重雄を相続する際にかかる税金の負担が大変になるであろうということを考慮して、原告光雄に対し、本件土地(一)を贈与する趣旨で、右のとおり原告光雄名義で払い下げを受け、右土地については、同二六年七月五日、右払い下げを原因として、原告光雄名義へ所有権移転登記がされ、そのころまでには、原告光雄において右贈与を受諾した。
(二) 重雄は、右のとおり本件土地(一)を贈与したのちも(贈与当時原告光雄は満一七歳であった。)、一家の中心として本件土地(一)についても事実上の支配権を有し、原告光雄の許可を特に得ることなく畑として利用していたが、農地の宅地化進展に伴って農業を継続していくのが困難になったこと、昭和三二年当時重雄及びサトを含めて八人家族の大所帯であり、農業以外において収入を得る必要があったことから、家賃収入を得るという目的のもと、本件土地(一)の一部であるB部分の敷地上に、昭和三二年本件建物(二)及び(三)を順次それぞれ貸家とする目的で建築した。さらに、重雄自身が昭和三三年に脳溢血で倒れて入院し、同年五月に退院した後も体調がすぐれなかったため、重雄及びサトが話し合いをし、本件建物(二)及び(三)を建築した際の目的と同様に家賃収入を得るために、昭和三五年、本件土地(一)の一部であるC部分の敷地上に本件建物(一)をアパートとして建築した。これらの建物の建築について原告光雄が特に異議を差しはさむようなことはなかった。
原告光雄は、昭和三九年七月ころまで両親である重雄夫婦と同居していた。
(三) 他方、本件土地(一)の一部であるA部分の敷地については、戦災により建物を失い、行き場を失った金輪に同情して、昭和二五年春ころに重雄が右敷地を金輪に賃貸し、右敷地上に住まわせたものであった。この件についても、原告光雄が特に異議を述べることはなかった。
(四) アパートである本件建物(一)には八部屋あり、現在六所帯が入っており、また、貸家である本件建物(二)及び(三)は棟割りで四所帯入れるところ、現在三所帯入っている。
2 右認定事実、前記第二の(第一事件)一の事実及び弁論の全趣旨によれば、本件使用貸借(二)及び(三)については、原告光雄がB及びC部分の各敷地上に本件建物(一)ないし(三)を建築することに対して何らの異議を述べず、黙認したことにより、また、本件使用貸借(一)については、原告光雄が、重雄が金輪に対して建物所有目的で賃貸することについて特に異議を述べず、黙認したことにより、いずれも黙示の合意により成立したものと認められる。
そして、当該土地の利用状況が、その地上に建物を所有してこれを利用している場合には、特段の事情のない限り、当該土地に関する使用貸借契約の使用目的は建物所有にあると解するのが合理的であり、本件使用貸借(二)及び(三)についても、右特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、本件使用貸借(二)及び(三)は本件建物(一)ないし(三)の各建物の所有を目的として成立したものと認めるのが相当である。
3 そこで、原告光雄の主張する本件使用貸借(一)ないし(三)の終了事由について判断する。
(一) まず、原告光雄は、本件各使用貸借契約は、借主である重雄あるいはサトの存命中に限るものとされていたから、同人らの死亡により各契約は終了している旨主張する。
(1) しかしながら、右1及び2のとおり、本件各使用貸借契約は、いずれも黙示の合意により成立したものであるところ、その期間について、重雄ないしサトにおいて、右各建物建築や金輪への賃貸借に際し、重雄ないしサトの存命中に限り貸借するものである旨を表示したことを認めるに足りる証拠はなく、他に右主張事実を認めるに足りる証拠もない。
もっとも、この点について、原告光雄本人は、本件使用貸借(一)について、重雄から金輪に貸すからA部分の敷地を使用させてほしい旨頼まれ、条件として重雄の有する賃貸人としての権利を原告本人に相続させるという話があったこと、本件使用貸借(二)については、本件建物(二)及び(三)を原告光雄に相続させることとして、また本件使用貸借(三)については、サト死亡後、本件建物(一)を原告光雄に相続させることとして、本件使用貸借(二)は原告光雄と重雄との間において、本件使用貸借(三)は原告光雄と重雄及びサトとの間において成立したこと、昭和三二年一〇月五日付けの大田区農業協同組合からの、重雄を債務者とし、原告光雄を連帯保証人とする金五〇万円の借入金(<書証番号略>)は本件建物(二)及び(三)の建築費用とされたものであり、その際、将来本件建物(二)及び(三)を原告光雄の所有とするとの合意をした上で原告光雄が連帯保証人になった旨供述している。
しかし、前認定のとおり、本件土地(一)は重雄が原告光雄に対して贈与したものの、昭和三二年以前から重雄は本件土地(一)を原告光雄の許可を特に得ることなく畑として利用していたこと、しかも本件建物(一)ないし(三)は、貸家を貸したり、アパートを貸したりすることにより得られる家賃収入によって家族を扶養するための生活費を得るために建築が計画されたものであることからすれば、B及びC部分の各敷地上に本件建物(一)ないし(三)を建築するにあたって、重雄が原告光雄に対して特に期限を定めたり、あるいは条件を提示して契約内容を明示的に定めるような行動に出たものとは認め難いこと、原告光雄は被告準一を相手方として、大森簡易裁判所に対して、建物収去土地明渡調停事件(平成元年(ユ)第八二号事件)を申し立てたが(<書証番号略>)、その申立書中の申立の原因において、要旨、本件建物(一)ないし(三)は新築後三〇年程経過した老朽建物であるから、賃料の支払なくして敷地を占有する目的は既に終了した旨主張するのみで、第一事件において原告光雄が主張しているような期限の定め等については全く主張されていないこと並びに前記第二(第一事件)一の4及び5の事実を考え併せると、原告光雄の右供述はにわかに措信しがたく、したがって、右供述から本件各使用貸借契約について前記原告光雄主張の期限の約定があったものと認めることはできない。
(2) また、民法上、使用貸借契約は、借主の死亡によってその効力を失うとの規定が存する(同法五九九条)。しかしながら、同規定は、使用貸借が無償契約であることに鑑み、貸主が借主との特別な関係に基づいて貸していると見るべき場合が多いことから、当事者の意思を推定して、借主が死亡してもその相続人への権利の承継をさせないことにしたにすぎないものと解される。そして、土地に関する使用貸借契約がその敷地上の建物を所有することを目的としている場合には、当事者間の個人的要素以上に敷地上の建物所有の目的が重視されるべきであって、特段の事情のない限り、建物所有の用途にしたがってその使用を終えたときに、その返還の時期が到来するものと解するのが相当であるから、借主が死亡したとしても、土地に関する使用貸借契約が当然に終了するということにはならないというべきである。そして、前認定のとおり、本件各使用貸借契約は、敷地上に建物を所有する目的、あるいは第三者に建物所有させて利用させるために成立したものであり、現在も土地上に建物が存続し、あるいは第三者が建物を所有して土地を利用しているのであるから、建物使用が終了し、あるいは、第三者の建物所有の用途が終了したものとは認められないことに加え、前記第二(第一事件)一の4及び5記載のとおり重雄及びサトは本件各使用貸借契約上の地位を被告準一に相続させる旨遺言しており、また、原告光雄及び被告準一を含むサトの相続人間では本件土地(一)のうちC部分の敷地に被告準一の本件使用貸借(三)の権利があることを前提にして遺留分減殺請求をめぐる争い(東京地方裁判所昭和五九年(ワ)第七一〇七号事件)がされてきたこと(<書証番号略>、なお、右証拠によれば、右事件と併合審理された同裁判所昭和五五年(ワ)第八一四九号外の事件では、原告光雄が当事者となっていないが、それ以外の相続人は、本件土地(一)について被告準一が本件各使用貸借契約による権利を取得したことを特に争っていないことが認められる。)に照らすと、本件各使用貸借契約は、重雄及びサトの死亡によっては終了しないというべきである。
(二) 次に原告光雄は、本件使用貸借(一)ないし(三)は、重雄及びサトとその扶養家族の生活費を得させる目的に基づいていたのであり、扶養家族がいずれも既に成人して独立し、重雄及びサトも死亡していること、しかも本件建物(二)及び(三)はその完成から既に三五年が経過し、本件建物(一)はその完成から既に三二年が経過しているのであるから、いずれも契約に定められた目的に従った使用収益は終了し、または使用収益をなすに足るべき期間が経過した旨主張する。
しかし、前記認定事実によれば、重雄が本件建物(一)ないし(三)を建築したのは、その家族のために家賃収入をあげるためであったことが認められるけれども、先に判示した本件各使用貸借契約の成立の経緯並びに重雄及びサトが本件建物(一)ないし(三)はもとより、本件各使用貸借契約をも相続の対象と考えていたことに照らすと、重雄の扶養家族の生計費の獲得のみが本件建物(一)ないし(三)建築の目的と定められたとは認め難い。そして、先の認定事実によれば、AないしC部分の各敷地の利用は本件使用貸借(二)及び(三)については、B及びC部分の敷地上の本件建物(一)ないし(三)の各建物を所有することを目的としたものであり、本件使用貸借(一)については、A部分の敷地上において、金輪に建物を所有させてこれに居住させるための土地の賃借を目的としたものであること、A部分の敷地上には現に金輪明所有の建物が存すること、B及びC部分の各敷地上には本件建物(一)ないし(三)の各建物が存し、しかも貸家やアパートには現に賃借人が居住しているのである。そして、前記のとおり、重雄及びサト死亡時においてはその相続人間でも本件各使用借権は相続財産を構成するものとされてきたし、貸主である原告光雄も借主である原告準一もいずれも重雄及びサトの相続人で兄弟であるのである。そうすると、原告光雄が主張する事情を考慮しても、なお本件使用貸借(一)ないし(三)について、目的に従った使用収益が終了し、又は使用収益に足るべき期間が経過したと認めるに未だ十分ではなく、他には、原告光雄の前記主張事実を認めるに足りる証拠はない。よって、原告光雄の右主張は理由がない。
(三) さらに、原告光雄は、解約申入れの意思表示をしたことにより本件各使用貸借契約がそれぞれ終了した旨主張する。しかしながら、前認定のとおり、本件各使用貸借契約は、建物所有を目的としたものと認められるのであり、期限及び目的の定めがなかった場合に当たらないというべきであるから、原告の右主張は失当であるし、また、本件において解約を認めないことが当事者間において著しく衡平の理念に反すると認めるに足りる証拠もない。
二第二事件について
1 前記第二(第二事件)一の事実のほか、証拠(<書証番号略>、原告光雄本人、被告準一本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告光雄は、昭和三二年四月ころから個人の事業所である高橋製作所を創業し(工場の事業主も原告光雄とされていた。)、重雄所有の本件土地(二)上に工場を建築して、弟である訴外高橋政雄(以下「政雄」という。)とともに稼働していた。右高橋製作所の建物である本件工場の建築にあたっては重雄自身も手伝った。なお、高橋製作所創業のための原資には、五〇番四の土地の一部を賃貸したことにより得られた権利金が充てられた。
(二) その後、昭和三三年三月に重雄が脳溢血で倒れて入院した。それからまもなく、大岩経理労務管理事務所の訴外大岩秀光(以下「大岩」という)が原告光雄を訪れ、社会保険、労災保険の勧誘をしたことがあり、その大岩から高橋製作所を法人化すれば税金が楽になるとの助言を受けた。また、原告光雄は当時重雄が倒れて入院していたことから、その費用について社会保険を利用しようと考え、大岩の方からサト及び政雄に対しても法人化の際の説明をさせた上、高橋製作所を法人化することにした。その際、原告光雄は、右法人化について重雄に話をすることはなかった。
そして、原告光雄、サト及び政雄は、高橋製作所を法人化するにあたって必要な事項を大岩に委任し、法人化の方法としては、大岩が貸してくれた一〇万円を除き、高橋製作所の資産の現物出資という方法を取った。その際、役員、現物出資者、現物出資すべき資産については、大岩が重雄、サト及び政雄の名義を適当に組み合わせた上、定款を作成した。このようにして、昭和三三年五月二三日被告製作所が設立された。
現在も被告製作所は本件土地(二)上において、本件工場を所有して、事業を続けている。
なお、本件工場について、昭和三三年六月一三日、被告製作所名義の所有権保存登記がなされたが、この登記については重雄の了解を得たということはなかった。また登記上、本件工場はその床面積が59.50平方メートル程度のものであったが、その後増築されている。
(三) 重雄及び被告準一は、本訴に至るまで、被告製作所に対して、本件土地(二)の明渡を求めたことはなく、また被告製作所が右のように増築したことに対しても特に異議を述べたようなこともなかった。
なお、重雄が前記遺言公正証書において相続財産として記載した物件の中には、本件工場は含まれていない。
2 以上の事実を総合考慮すると、原告光雄が昭和三二年四月に高橋製作所を創業し、本件土地(二)上に本件工場を建築するに当たり、重雄は、長男である原告光雄に対して、親子の情宜から本件土地(二)を無償で使用することを認めたものと推認するのが相当であり、少なくともそのころ、重雄と原告光雄との間で本件土地(二)に関する使用貸借契約が成立したものと認められ、また高橋製作所が法人化されたことに伴い、右使用借権は被告製作所に承継され、この点について重雄が特に異議を述べたものとは認められないから、重雄は、被告製作所が使用借権を承継することを容認したものと認められる。そして、前記のとおり当該土地の利用状況がその地上に建物を所有してこれを利用している場合には、特段の事情のない限り、当該使用貸借関係の使用目的は建物所有にあるものと解され、しかも本件においては、重雄は、本件土地(二)を子である原告光雄が営む事業のための本件工場建築のために使用させたものと推認されるのであるから、本件土地(二)の使用目的は原告光雄の経営する企業のための本件工場の所有にあると認められるのであって、他に被告製作所の経営主体が原告光雄ではなくなる等の特段の事情がない限り、本件土地(二)の使用貸借契約も本件工場が存続している限りは存続しているものと解するのが相当である。したがって、原告光雄が代表者である被告製作所が現に本件土地(二)上に本件工場を所有して同地を占有している以上、本件土地(二)の使用貸借契約は未だ終了していないというべきである。
3(一) なお、被告準一本人は、本件土地(二)について、重雄と被告製作所との間で使用貸借契約が成立したことはない旨供述している。
しかし、原告光雄、被告準一等を当事者とする前記遺留分減殺請求事件において、被告準一は、本件土地(二)の評価について被告製作所所有の本件工場のための使用借権の負担分を控除すべき旨主張していたものであること(<書証番号略>)、本訴に至るまで、重雄はもちろん被告準一も、被告製作所による本件土地(二)の使用や被告製作所による本件工場の増築について異議を述べたことを肯認するに足りる証拠もないことからすれば、被告準一自身においても本件土地(二)に対する被告製作所の使用借権の存在を認識し、これを認めていたというべきである。
(二) また、被告準一は、本件工場は重雄が建てたものであり、重雄の所有物であるにもかかわらず、原告光雄が勝手に被告製作所名義として登記したため、昭和四〇年ころ、このことに気付いた重雄は被告準一に対して適当な時期に敷地を返してもらえと述べた旨供述している。
しかし、仮に被告準一の供述通り本件工場が重雄所有の建物であるということであれば、重雄としても被告製作所名義の保存登記を知った以上、これに対して抹消登記をすることを求めるなどの行動に出てしかるべきであるにもかかわらず、重雄が被告製作所に対して、被告製作所がなした所有権保存登記を抹消する行為に出るなど自己の所有権を確保しようとする態度に出た事実は認められないこと、重雄が体調を崩していたとしても、右処分を被告準一に任せることはできたにもかかわらず、被告準一をして右のような保存行為に出た事実も認められないこと、重雄において、本件工場の所有が自己に存するとの意識があるというのであれば、その登記名義がたとえ被告製作所にあるとしても、遺言書において本件工場を相続財産に加えるのが自然であるにもかかわらず、前認定のとおり、本件工場を相続財産に加えていないこと及び右(一)で検討したところによれば、被告準一の右供述もにわかに措信しがたい。
4 被告準一は、仮に本件土地(二)について使用貸借契約が成立しているとしても、返還時期及び使用目的を定めたものではないから、第二事件の本訴請求により右契約は終了した、あるいは既に使用収益の目的に従いその使用収益を終え、又は使用収益に足るべき期間を経過したのであるから、右契約は終了している旨主張する。
しかし、前記2のとおり、本件土地(二)の使用貸借契約は、本件工場の所有を目的としているものであり、使用目的の定めがないというに当たらないことに加え、現に本件土地(二)上に原告光雄が代表者である被告製作所が所有する本件工場が存在している以上、未だ使用収益に足るべき期間が経過したものとは認められず、その他にこれを認めるに足りる証拠もないのであるから、被告準一の右主張には理由がない。
三結論
以上の次第であるから、第一事件の原告光雄の請求及び第二事件についての被告準一の請求は、いずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官宗宮英俊 裁判官深見敏正 裁判官野々垣隆樹)
別紙<省略>